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持たないものを与えること


インタビュアー:コルネリア・ゾルフランク

フェムケ・スネルティング《グラフィックデザイン・プラクティスの実践》

2014 年4月7日 ライプチヒ


[00:12]Libre Graphics とは?

Libre Graphics は 1つの大きなエコシステムです。ソフトウェアツールや、そのツールを開発する人々、利用する人々、そしてツールをどのように利用するか。素早く魅力的な作品を作るだけではなく、ツールが自身の創作活動にどう影響を与えるか、そしてその中で生まれる文化的創作物。これらの要素で構成されるのが、Libre Graphics です。“Libre”という単語を選んだ意図は “Free”よりもミステリアスなニュアンスを含むからです。他とは違う “何か”があり、意図的に選んだというのがわかると思います。Libre Graphics に参加する人々の関心は、主にフリーソフトウェアやフリーカルチャーです。それらのツールや、作品の制作方法、完成した創作物をシェアしています。さまざまな取り組みを行っていますが、フリーソフトウェアは興味深いテーマです。私もこの数年間、大いに刺激を受けています。


[01:46]Libre Graphics のコンテクスト

Libre Graphics のコンテクストは複合的です。それが私にとっての魅力でもありますし、端的に説明するのが難しい理由でもあります。Libre Graphics のコンテクストはデザインです。アニメーション、動画、タイポグラフィーなど、扱う分野は多岐にわたります。それぞれの分野が独自の歴史やファンを持っています。ソフトウェアやデジタル素材に興味のある人々もいます。ビットやベクター画像の作成方法などが、彼らの関心の的です。グラフィックがどのように作成されるかに関心があるわけです。ソフトウェアに関心のある人もいます。プログラミング言語やインターフェースなどを追及する人々です。最後にフリーソフトウェアに関心のある人の目的は、デジタルツールやその利用方法をシェアすることです。つまりフリーソフトウェアの活動家もいればツールの開発に興味のある人もいます。デザインの共有やソフトウェア開発のツール、例えば Git や Apache Subversion などです。このように複合的な要素が Libre Graphics の魅力です。


[03:34]フリーソフトウェア・カルチャー

フリーソフトウェア・カルチャーは―私はソフトウェアの文化的な側面に関心があるので “カルチャー”という言葉を使用しています。あえてそう強調するのは、テクノロジーのみが注目されやすいからです。そのような態度からは距離をとっています。フリーソフトウェア・カルチャーとはテクノロジーを…ここでいうテクノロジーとは私にとって文化的なものです。ですからそのテクノロジーそのものだけでなく、その開発方法もシェアすべきだと


思います。それによりさまざまな効果が生まれます。例えば他のツールやツールの利用方法など、私たちが階層を生み出す方法を急速に変化させます。例えばグラフィックデザインの作品を作ったとします。制作に必要なソースファイルをすべて公開します。それだけでなく制作過程の詳細や制作にかかった経費なども可能な限り公開すべきです。印刷業者との交渉で苦労した点や、グラフィックデザインを構成するエレメントも必要です。グラフィックデザインの要ですからね。使用したソフトウェアや問題点の指摘も重要です。フリーソフトウェア・カルチャーを真摯な姿勢でグラフィックデザインに適用するのです。つまり作品の制作条件や工程を大事にする必要があります。


[05:50]フリーカルチャー

Libre Graphics とフリーカルチャーの関係には個人差があります。GPLで公開されたツールやオープン・コンテンツ・ライセンスのものを利用できれば、それで十分という人もいます。自分の作品もプロプライエタリ・ライセンスで公開する。一方そこにとどまらず、自分の作品を公開する際の法的地位を考慮することが大事だとする人もいます。そちらの方が一般的ですね。フリーカルチャーの定義を大きく捉えるならば、すべての創作物の再利用や改変を許可するという意味です。私も支持しています。もっと狭義でいうならばクリエイティブ・コモンズを指している場合もあります。クリエイティブ・コモンズには個人的に反対です。ただしその存在意義は認めていますし、ライセンスへの関心を一般に広めた功績は評価しています。クリエイティブ・コモンズは、作品のライセンスの多くを“営利”と“非営利”に分類しています。結果的に作品を“プロ”と“アマチュア”に分けてしまう。これは問題だと思います。私にとって、フリーソフトウェア・カルチャーで重要なのは、さまざまな背景や技術を持つ、多様な人々がデジタル技術を実際に活用できる可能性を持つということです。

“営利”と“非営利”のような曖昧な定義を振りかざし、それを維持することは難しいと思いま す。現在のネット社会ではそれが特に顕著です。明確な基準があるような幻想を生むことが、実際の基準よりも問題だと私は考えます。私はフリーカルチャー・ライセンスだけでなく、 私の作品を無条件に利用できるライセンスも使用しています。それが本来のフリーソフト ウェア・カルチャーです。フリーソフトウェアに関するライセンスはたくさんあります。そ れが面白い部分でもありますし、いずれも素早く広まる力を秘めています。ある書体にフリ ーソフトウェア・ライセンスを適用した場合、赤の他人でもその書体を再利用できます。そ の際再利用の許可を求める必要はありませんし、変化を加えたり、再配布したり販売するの も自由です。これだけでも強力ですよね。しかし、このライセンスには更なる強みがありま す。編集や加工がされ再度リリースされた書体にも、同じライセンスが適用されるのです。 ネットワーク内で広まるため影響力が強いのです。


[09:31]フリーツール

表面以外の部分まで追求できる条件で公開されたツールが、私にとって重要な理由は、いく


つもあります。その1つは倫理的な理由です。私の友人の言葉を借りるなら、ツールを利用する時我々は“ホテルの部屋を借りて”います。多くの利用者がツールに対しそう感じているのです。ホテルの部屋は勝手に模様替えを行えませんし友人も招待できません。チェックアウトの時間も決まっています。非常に自由の余地が少ない状態です。もう1つの理由は、ツールの文化的側面と関わる方法が少ないからです。自分でフリーソフトウェアを使用する前から、10 年近く存在していたものがあります。それは、フリーソフトウェアを取り巻くエキサイティングなその他の要素です。会議での人々の交流方法やメーリングリスト・コミュニケーション、それに使用される言語、異なるカテゴリー間の交流、それらの要素が目の前に存在しているのです。実際にツールを使用している人に“なぜこの操作を?”と質問することもできます。アーティストというのは単なる既製のツールではなくそのような深みのある関係を築けるツールを求めています。私はこれらのツールで特別な経験をしています。多方面からのアプローチを可能にしてくれるツールは、単なる創作の手段ではなく、創作活動の一部です。アーティストとしてはそこが魅力ですね。


[11:56]創作物

私や仲間たちが生み出す創作物は、他とは違うものになるよう心がけています。“フリーソフトウェアツールでハリウッド映画を作りたい”そういう考えも面白いとは思います。私の場合、創作を可能にした技術的なコンテクストや条件などが、完成作品に反映されているのが興味深いと思っています。もう1つの魅力は、完成作品が終わりではないということ。どんな形にせよソースとなった素材も公開され、手に入れることができます。1つの作品が別の作品の始まりになるのです。その作り手は誰でもいい。その2つが Libre Graphics の作品に必ず見られる特徴です。それが私のスタイルでもあります。


[13:15]Libre フォント

Libre Graphics の活動の中でも Libre フォント運動は大きな柱の1つになっています。フォントはグラフィックに命を吹き込む基礎の材料です。タイプすれば、そこにある。フォントがフリーであることはあらゆる意味で重要です。英語だけを使用する話者が見落としがちな部分があります。例えばそうですね…インドに住んでるとしましょう。あなたの母語はデジタルの書体で存在しません。既存のツールを使用して本を出版したり、オンライン上で公開したいとします。その場合、あなたの母語では表現できないのです。ここで大事なのは商業的利益や法律、技術的インフラなどが、どのように整備されているかです。自分の言語と書体で表現できるということが重要なのは誰の目にも明らかですよね。当然無料であることも重要です。フォントはあらゆる分野で存在する、興味深いエレメントです。フォントは複雑な存在で、ある意味ソフトウェアのようなものです。パソコンの画面上だけでなく印刷した書類の上など、あらゆる場所で目につきます。しかし単なるアルファベットと見なした場合、多くの人はその利用を普遍的権利と捉えています。望めばいつでも手に入ると思って


いる。Libre フォントの背景は政治的見解と、専門的かつ基本的な創作への関心だと言えるでしょう。“Aを自由にする”という発想には、美しいパワーがあると思います。それが Libreフォント運動の強さの源です。


[15:55]フリー創作物/オープンスタンダード

最初は戸惑いました。“フリーソフトウェアを利用した作品はフリー創作物”。それが当然と思っていましたが、必ずしもそうではありません。フリーツールで制作された営利作品も存在します。それでも他の商用ツールで制作された作品よりも、これらの作品が自由なのには理由があります。それはオープンドキュメント・フォーマットです。この点は非常に重要です。フリーソフトウェアで制作した作品は、制作者に帰属します。ソフトウェアの開発元ではありません。自分の作品を所有するには、その制作過程を常に確認できなくてはいけません。多くのデザイナーから悲惨な体験を耳にしています。“自分の”ツールのアップグレードにより、自分の作品が二度と開けなくなるのです。ですからこれらのツールで制作された作品が常に開ける状態を保つことを、私たちは重視しています。他のツールでそのファイルを開いたり、それに対応するツールを開発できる状態にする。そうすることでデータが活用できます。これはフリーソフトウェア・カルチャーの要です。何が創作物を生み出すかだけではなく、オープンスタンダードであるということが非常に重要です。例えばファイルフォーマットが文書化され確認できることが大事なので。Libre Graphics の中にはリバースエンジニアリングに傾倒している人たちもいるのが私は面白いと思います。彼らは一種の“ドキュメント活動家”です。彼らはドキュメントの解放を訴えています。商用製品の仕様を理解するためならばと、法を犯すリスクを背負いながら分析を行うわけです。商用ドキュメントを分析しその仕様を理解することで、それに対応したツールを開発するのが目的です。そうすれば再利用が可能です。無料ドキュメントと有料ドキュメントの違いですが、商用製品である InDesign のファイルを例にします。このファイルの仕様は明らかにされていません。

InDesign のソフト上でしかファイルを開けないのです。創作物と使用したソフトウェアの間に、つながりがあるということです。ソフトウェアのアップデートやライセンスの失効により、ファイルを開けなくなる可能性があるのです。そうなると、誰もファイルを編集できません。オープンドキュメント・フォーマットでは、使用されたソフトウェアやその仕様を文書で確認できます。独立した文書が存在していることで、ソフトウェアが動かない場合にも対応できます。ソフトウェアが入手困難な場合でも、他の方法でファイルを開いたり再利用や改変を行えるのです。オープンドキュメント・フォーマットの一例は Scalable Vector

Graphics、Open Document テキスト。Ogg は動画のフォーマットで、フォーマット内の情報をすべて確認できます。これらのオープンフォーマットの周りには、ツールのエコシステムが存在しています。それによりフォーマットの分析作成や解読操作を行うことができるのです。先ほど例に挙げた InDesign ファイルにはそのようなカルチャーは一切存在しません。



[20:55]参加方法

Libre Graphics への入口は、いくつもあります。例えば商用の画像編集ソフトやレイアウトソフトに似た便利なソフトもあります。GIMP は非常に使い勝手のいい画像編集ソフトです。また Blender は高機能なアニメーション作成ソフトで、大勢のユーザーを獲得しています。ピクサーのようなスタイルの商業作品にも利用されています。これらのソフトは

Linux のシステムを必要としないので、どのシステムにもインストールできます。Mac やウィンドウズで使用可能です。もちろん真価を発揮できるシステムで使用すればより強力なツールとなります。


[22:09]創作活動の共有/re-learn(再学習)

このような活動は自身が学ぶ方法を変えます。結果的に教える方法も変わるのです。私たちの多くは学びと実践の関係を理解していますし、さまざまな形で教育に関わっています。メンバーの多くはデザインやアートを正式に教えています。しかしそれらの従来の学校は Libre Graphics で求められる教育に最適とは言えません。アートの教育機関は、伝統的に非常に体系的な構造になっています。個人を評価することを重視したシステムです。私たちの活動は常に複数の人々と関わる性質のものです。生徒たちに対し、複数人での共同作業を推奨しながら、最終的には個人の創作物で評価するのは矛盾しています。また従来の教育ではテクノロジーを教えることと、実際の創作活動は区別されがちです。スタジオでの学びとワークショップは別物で、この2つのコンセプトを結びつけるのが難しいのです。そうしようと努力しても、本来、そのような仕組みになっていません。もう1つの問題点は、教え手と学び手の間に一種のヒエラルキーが存在することです。正式な教育ではその壁を破ることは難しい。打ち解けた環境であっても、教える立場の人間と教わる立場の人間がいる。学校とはそういう場なので、その構造を本当の意味で崩すのは無理です。私たちはここ1年…いえ、実際は何年もの間、教えや学びの新しい方法を模索してきました。そこで去年初めてサマースクールを開催しました。新たな教えと学びの場になるか、実験的な試みでした。スクールの名前は“re-learn(再学習)”。教えることで、自分も相手も“再び学ぶ”という意味です。これは非常に有効な手法のようだと実感しています。


[25:15]所属グループ

“WE”という言葉は対象が曖昧で使用を避けたいのですが、私が使用する時は多くの人を指す言葉です。Open Source Publishing はデザイナーの集団で 2006 年に結成されました。

“作品にプロプライエタリ・ソフトウェアを使用しない”その理念から、さまざまな疑問や活動手法が生まれました。現在は 12 人ほどのメンバーがブリュッセルで活動に参加しています。私はこのグループの“名誉会員”扱いです。メンバーとも親しい関係ですが、現在グループ内では活動していません。OSPと重なる部分もある“WE”が Constant です。1997 年に


設立されたアートとメディアの団体で、ブリュッセルで活動しています。Constant が扱う主なテーマはコピーレフトやフリーソフトウェア、フェミニズムなどです。OSPの関心と重なる部分も多いですが、アプローチが異なります次の“WE”は Libre Graphics のコミュニティーです。“我々”と呼ぶのをためらうくらい多様な人々がいます。世界征服を企むエンジニアや非常にインテリな開発者のグループもいます。彼らは開発中の企画について語ってくれます。ユニバーサルな書体にこだわるタイポグラファーもいます。Libre Graphics には多様な人々が関わっているのです。まとめると私が指す“WE”は Constant とOSPそして Libre Graphics の輪です。


[27:29]Libre Graphics 年次集会 2014 年 ライプチヒ

今年は行動規範を制定しました。近年のフリーソフトウェアやITの会合でよく見かけます。アメリカから入ってきた考えの影響です。フリーソフトウェアはもちろん“フリー”ですが、すべての人が心地よく利用できるわけではないのです。フリーソフトウェアのコミュニティーは今でも多様性があるとは言いがたい。フリーソフトウェアの恩恵に預かれる人々は、そうでない人をこう判断します。“ここにいないのは本人がそう望んだからだ”。例えばフリーソフトウェアに関わる人の中に女性の数はあまり多くありません。プロプライエタリ・ソフトウェアよりも、ずっと少ないのは問題です。その原因は先ほど述べたような悪循環にあります。“女性が少ないのは関心がないからに違いない”“フリーソフトウェアへの関心が薄いから、女性は活動に向いていない”そういう排他的な空気を感じてしまう。それ以外にもハラスメントの問題があります。この世界には人種差別および性差別的な発言や不適切なイメージの使用などの問題が残っています。いずれも解決が必要な問題です。この2年間でフェミニズム系の団体が、行動規範の文書を次々と発表しました。Geek Feminismや Ada Initiative などの団体が、この問題に取り組むべく声を上げたのです。行動規範とは倫理基準を説明するものなので少し大げさに聞こえるかもしれません。しかし行動規範はこれらのコミュニティー内にハラスメントが存在する事実を示しています。私たちが多様性を求めているということが記載されているのも重要です。またハラスメントを受けた際にどう行動すべきかの、実用的なガイドラインも用意されています。相談先やその後の対応がわかる仕組みです。ガイドラインによりハラスメントの重大性を示し、ハラスメント被害者の負担を少しでも軽減する狙いです。


[30:43]統合的コンセプトとしてのアート

アーティストという肩書きは私にとって非常に便利です。私はアート業界のコンテクストには興味がありません。それよりもアーティスト本人に刺激を受けます。彼らの知性を自分自身に投影したり、同僚などからも刺激を受けることが多いです。それは今も昔も同じですそれにより、何と言えばいいのか…実践を忘れることなく自分のコンテクストやコンセプトを定義できます。アートというのはそれが可能な限られた分野の1つです。可能というよ


りも厳しく求めてると言ってもいい。アートはアーティストにオープンであることを求めます。私の個人的な歴史や創作の方法、何から影響を受けたのか、これらの選択はすべて現在の私につながっています。ですから、アーティストの存在はそれ自体が有効なツールと言えます。自分が思ってた以上にその“ツール”を使っています。多方面とつながることが可能になり、生産的な状況が生まれるからです。


字幕制作:東京都写真美術館 第9回恵比寿映像祭



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