about
resources
gallery
activities


持たないものを与えること


インタビュアー:コルネリア・ゾルフランク

ディミトリー・クライナー《Telekommunisten》

2012 年 11 月 20 日 ベルリン


ディミトリー・ クライナーです。社会と通信技術を考えるアート・ コレクティブ Telekommunisten を主宰しています。


[00:12]ピアーツーピア・コミュニズム


――まず Telekommunisten の理念を教えてください。あなたの活動を特徴づける力強い主張であり、すべてのプロジェクトの根底にあると思います。あなたが執筆した、最も重要かつ有名な文章は「Telekommunist Manifesto」だと思います。著者はあなた個人となっており Telekommunisten ではありません。「宣言」の主なテーマや理念について説明してください。その後、詳しい内容についてもお聞きしたいと思います。


「宣言」は2部構成です。前半は「P2Pコミュニズム対クライアントサーバー資本主義」。このパートは、インターネットの変遷をテーマとして展開しています。資本主義あるいは共産主義的な生産様式とネットワーク・トポロジーの関係を考察します。そもそもインターネットは、仲介や管理を必要としない自由で非集中型なシステムとして誕生しました。それが、経済的な要因から企業主導の集中型システムに変化した過程を説明します。投資家が利益を回収するためには、ユーザー情報を収集する仕組みが必要でした。前半パートでは、こうした経緯を説明しています。


[02:15]著作権神話


――今回、一連のインタビューでは、文化や芸術の生産と著作権の関係に焦点を当て、また調節機能としての著作権を考えます。あなたはこれまでの活動の中で、著作権に関して次のように発言しています。“著作権が文化生産を守り、促進させるという考えは神話に過ぎない”と。ご説明ください。


それは「宣言」の後半部分です。後半の題は「フリーカルチャー評論への寄稿」です。フリーカルチャーを批判しているわけではないです。僕自身も積極的に関わりサポートしています。クリエイティブ・コモンズに代表される、安易なフリーカルチャー論を批判しました。クリエイティブ・コモンズを支持する人の多くは、かつては著作権が機能していたと思っていま


す。それが、どこかの時点で機能しなくなり、修正の必要があると考えています。クリエイティブ・コモンズ賛同者の間では、こうした思い込みを持つ人が多い。しかし、著作権の歴史は資本主義における労働の歴史と一致します。ジョン・ロックが唱えた労働所有説では、

“労働生産物は労働者に帰属する”とされました。その生産物は、商品として資本家に譲渡されるわけです。著作権も同じ発想で、資本主義の発展と共に誕生しました。市場経済では、知的労働による生産物も商品にしなければ市場で売ることができない。著作権は、こうした背景から生まれました。産業資本主義の発展に伴い、肉体労働だけでなく知的労働も商品化する必要が生じました。工場労働者が生産物の所有者と見なされたように、アーティストも形として、作品の著作権を与えられたのです。アーティストは作品を売る手段がないため、作品を資本家に譲渡することが正当化されます。文化生産者も肉体労働者も同じだという解釈です。


[05:07](知的)労働


――著作権神話はなぜ根強いのでしょう?誰が何のために神話を生んだと思いますか?


僕が思うに、これはよくあるリベラルな批判の例です。詳しく研究していないから断言できるわけではないですが、リベラルなスタンスで批評をする人というのは、“昔はよかったが今はダメ”という推測に頼ることが多い。物事の成り立ちを正確に捉えない傾向があります。ある制度を見た時に“以前は存在意義があったが今は衰えた”と考えがちです。あとは、ロックを始めとした学説の影響もあります。ロックは労働生産物は労働者に帰属すると唱えました。これがイデオロギー的に正しいと考える人が多い。しかし、市場経済の中で労働者が持つ所有権はあくまで理論上の話です。


[06:22]作者の機能


――あなたは“作者の機能”についても持論がありますね。“独立した作者”の概念を教えてください。


“作者”の概念について、歴史的な流れを追ってみると、資本主義社会の成長と共に生まれたと言えるでしょう。それまで、作者の概念はあまり明確ではなかった。作者は自らの想像力だけを頼りに一から何かを創造する者として、認識されていたわけではないのです。では、産業社会以前の作者はどうだったか。かつての作者たちは、過去や同時代の既存作品からテーマやプロットだけでなく、登場人物も自由に引用しました。ゲーテの「ファウスト」は好例です。同作のテーマは、ゲーテ以前の作家も後世の作家も使っています。古代文学の「ホメロス」がそうであったように。文化には必ず過去との対話が存在しました。作者たちは既存


作品のテーマや登場人物を、共用の素材のように捉え利用してきました。しかし、こうした 手法は作品の商品化には適しません。資本主義経済の中で、市場で商品として売るためには、知的財産や著作権という概念が必要となるからです。こうして、作者は突然“個人”となりま した。それまでの既存作品を織り込んだ作品は、商品としてはふさわしくありません。権利 の所在があいまいだからです。


[08:28]アンチコピーライト


――アンチコピーライトの概念についてお聞かせください。この言葉の意味と由来について教えてください。


著作権が誕生すると、多くの芸術家や作家が拒絶反応を示しました。著作権の誕生により、既存作品の引用は違法となり、知的財産権の侵害とされました。それまでの作家たちが当然のようにしてきたことが、できなくなったのです。過去の作品からテーマやプロットを自由に引用することです。このような背景から最初は多くの作者が著作権の概念を拒絶しました。しかし、市場型資本主義が発展すると、作品の商品化は収入を得る上で不可欠となりました。反対を訴え続けたのは非主流派だけです。シチュアシオニスト・インターナショナルを始め政治的信念を持つ急進派たちです。フォーク歌手のウディ・ガスリーもその1人。彼らは知的財産の概念に反対しただけでなく、文化作品の商品化そのものに異議を唱えました。一種のプロレタリア運動であり、資本主義に対する抵抗でした。


[10:04]アンチコピーライトの例


――アート界、文化界におけるアンチコピーライトの例を教えてください。


例えば、ロートレアモンの有名な言葉があります。“剽窃は必要である”“虚偽の観念を正し くするために必要だ”ロートレアモンはフランスの芸術界に大きな影響を与えました。中で も、シチュアシオニスト・インターナショナルは、自らの機関紙の著作権を放棄したことで 知られます。他にはウディ・ガスリーの言葉も有名です。僕はよく引用していて「宣言」にも 入れたかもしれない。ガスリーは他のアーティストが自分の歌をカバーしたり、アレンジす ることを歓迎しました。ガスリーのソングブックに明記してあります。他にも例はあります。例えば、ダダイズムなどの芸術運動にも取り入れられました。アート界では 1990 年代半ば

まで、アンチコピーライトの流れが見られました。著作権の誕生から 90 年代半ばまで、非主流派の人々は知的財産の概念を疑問視していた。僕自身が関わるようになったのは、 Negativland やジョン・オズワルドの影響です。「Plunderpalooza」というイベントに参加した他、ネオイズム運動にも関わりました。僕自身は 90 年代に始めたことですが、アンチコ


ピーライトはロートレアモンの時代からあります。 [12:01]非主流派

――先ほど非主流派と言われましたが、アンチコピーライトの考えは主流ではなかったのですね?


そうです。資本主義とは相容れません。アンチコピーライトは、文化の商品化を否定します。商品がなければ市場社会で収入を得られないわけで、非主流にならざるを得ません。その場 合、アーティストは創作活動以外で生計を立てるしか方法がない。ごく一部のアーティスト は援助を受けて活動できますが、著作権で守られた業界の人々と比べると少数です。一方、 大手の映画会社、レコード会社や出版社は大勢のアーティストを抱え、その人々を守ります。


[13:05]アンチコピーライト的姿勢


――アンチコピーライト的姿勢とはどのようなものですか?


まず、著作権の正当性を完全に否定します。完全な拒絶です。そして“独立した作者”の存在も否定します。あと特徴的だと言えるのは、生産者と消費者を明確に区別しないことです。芸術を双方向的な対話として捉え、生産者は同時に消費者であると考えます。これは、つまり、誰もが生産者になり得ることを意味しています。生産者と消費者の立場は流動的で、常に変化するものと捉えます。


――つまり、近代以前の文化生産の考えに近いのですね。そのとおり。商品化される前の文化です。

[14:11]コピーレフト


――コピーレフトの意味と由来を教えてください。


元々はハッカーが使っていた言葉です。芸術に限った概念ではなく、ソフトウェア業界で発祥したものです。フリーソフトウェア財団のR・ストールマンが始めた、GNUという重要なプロジェクトがあります。GPLと呼ばれるライセンス形式を考案し、コピーレフトの考えを世に広めました。コピーレフトはなかなかクレバーな発想です。著作者はソフトウェアの改変や複製あるいは再配布が、無償で行われることを認めます。そして、派生物の再配布


も無償とすることが条件です。アンチコピーライトとはこの点が違います。コピーレフトは著作権を否定するのではなく、著作権に条件をつけます。ただ、その条件はソフトウェアを無償で提供し、普及させることを目的とします。最大の特徴となる大事なポイントは、派生したソフトもコピーレフトとすることです。ライセンスが拡散するという意味で、バイラルだと言えます。非常に巧妙です。著作権法を利用しつつ、知的財産を無償化することに成功しています。ただし、これはソフトウェアの話です。ソフトウェア開発者と芸術家では、収入を得る仕組みが全く違います。つまり経済活動のサイクルには、2つのフェーズがあります。経済用語では“第1部門”、“第2部門”と呼ぶこともあります。つまり、“生産財”と“消費財”あるいは“資本財”と“消費財”です。消費者ではなく、生産者を対象とした商品があり、これを“生産財”または“資本財”と呼びます。これらの商品は、生産過程で使用されるため資本家にしてみれば、利益を上げる必要はありません。消費財を生産するために使用したあと一般大衆に売り、利益を得ることができるからです。一方、アートと文化は通常第2部門の“消費財”に相当します。消費財が無償だと資本主義社会では利益を得ることができません。ですが、ソフトウェアは大抵、生産財として利用され、資本主義と矛盾しません。むしろ、資本コストが下がることは歓迎されます。資本家の大部分は、ソフトウェアを売って利益を上げるわけではありません。だからソフトが無償になるのは、ありがたく、歓迎すべきことです。資本主義経済では無償でもいいのは資本だけです。ソフトウェアは資本だから、GNUの思想は普及し Linux なども成功しました。アンチコピーライトが非主流にとどまった一方で、フリーソフトウェアは大きな潮流となりました。10 億ドル産業にまで成長し世界各地で発展を遂げました。多くの人に支持され新しい現象となりました。社会に与えたインパクトという意味で、アンチコピーライトとは比較になりません。大成功したと言えるでしょう。成功した理由を再度繰り返すとソフトウェアは消費財でなく、生産財だということに尽きます。


[18:38]コピーレフト批判


――コピーレフトに対する批判はありますか?


批判はありません。ですが、コピーレフトを文化に適用するという考えには反対です。それは不可能だからです。フリーソフトウェアが世界中で普及した時、アート界の中で著作権問題が再び大きな注目を集めました。アンチコピーライトの歴史を知る人だけでなく、知らない若者も注目しました。美大を卒業したばかりで過去のことは知らない世代が、フリーソフトウェアの精神に感銘を受け、賛同しました。そして、短絡的にアート業界で同じモデルを実践すればいいと考えました。でも無理があります。資本主義社会では経済的な持続性がなければ制度は成立しません。GPLをフリーカルチャーに適用しようとしてもアーティストは生計を立てることはできません。フリーソフトウェアは、資本にとって必要なもので生


産に使う生産財です。でも、フリーアートは、資本には不要で資本家は援助しません。資本 に必要なければ社会における需要は低く、資金を得る方法も限られます。先ほども説明した ように、アーティストは創作活動以外の方法で収入を得なければならなくなります。例えば、数少ない公的な資金援助制度を得たり、クラウドファンディングなどを利用するかもしれ ません。しかし、経済全体から見れば極めて規模が小さいコピーレフトの問題は、文化生産 に適さないということです。


[21:00]コピーレフトと文化生産


――フリーソフトウェアやGPLの思想は、なぜ文化生産には適用できないのでしょうか?もう一度説明をお願いします。


なぜ適用できないのか。それは生産財と消費財の違いにあります。資本主義経済の大部分は資産家の投資が支えています。各分野にまたがるあらゆるプロジェクトは、資本投資によって可能となります。生産財は無償でも、投資をする価値があるものです。生産に必要なものであり、市販するものではない。例えばアマゾンのような企業は、Linux を売るわけではなく、ウェブサービスや書籍などの派生物を売っています。フリーソフトウェアは事業の管理に使っています。資本家にとってはコストであり、無償で良質なものが望ましい。他の企業と協力してシステム作りを支援すれば、そのシステムの恩恵をどの企業も受けられます。ですが、個別にシステムを注文すれば、コストが高い上に融通がきかないかもしれない。フリーソフトウェアは、生産者に恩恵があります。それは、第1部門の生産財だからです。一方、経済におけるアートと文化の位置づけは違います。フリーアートは経済活動に必須のものではない。資本主義では文化やアートは商品化される必要があります。そうしなければ市場で売れない。生産物は複製が不可能な商品でなければならず、商品化のためには著作権が必要でした。このようにコピーレフトは、フリーカルチャーに適用することはできません。フリーカルチャーは昔から存在しますが、資金の後ろ盾がないから非主流にならざるを得ません。アーティストは創作活動以外の収入や小規模な援助に頼るしかありません。


[23:38]クリエイティブ・コモンズ


――この 10 年でフリーコンテンツに頼った新しいビジネスモデルが登場しています。お考えを聞かせてください。


確かに今は Web2.0 や Facebook の時代です。そもそも、アーティストを守るための“良い著作権”は印刷による複製が前提でした。印刷機の時代には有効な制度でした。知的財産にライセンスを付与し管理することが可能だったからです。複製されればロイヤルティーが


発生しました。しかし、YouTube や Twitter の時代では、もはや機能しません。投稿は何百 回もコピーされることがあり、ロイヤルティーの回収は不可能です。現実的ではありません。そこで、クリエイティブ・コモンズが登場しました。登場したのはちょうどインターネット が非営利的なルーツを脱却し、大衆に普及し始めた頃です。同じ頃、フリーソフトウェアも 認知されるようになり、多くの賛同者を得るようになっていました。著作権を疑問視する風 潮は高まっていたのです。クリエイティブ・コモンズは、アンチコピーライトやコピーレフ トの思想に乗じました。これら2つの思想の最も大事な特徴は、いずれも消費者が生産者に なる自由を与えるという点です。消費者と生産者の区別を否定します。クリエイティブ・コ モンズには、複数のライセンスがあり、中にはGPLに対応するものもあります。数種類あ るライセンスの中で最も人気があり、クリエイティブ・コモンズの看板とも言えるのが、非 営利ライセンスです。このライセンスの目的は明確です。コピーレフトの思想では作者は収 入を得られません。資本主義経済で生計を立てるためには、出版社と有償ライセンスの交渉 をする必要があります。そうしなければ収入を得ることはできません。先ほども言ったとお り非主流派の、ごく一部の人は生計を立てられる余地があります。ですが、例えば映画や小 説、あるいは音楽を発表したい場合はどうでしょう。やはり企業と何らかの契約を結ぶ必要 があります。その場合、有償の条件をつけます。非営利ライセンスなら、無償で共有が可能 です。作者の知名度や価値を上げつつ、他者が営利目的で使用することを禁じます。営利目 的で使用したい場合は作者との交渉が可能なので、非常に合理的です。アーティストに知名 度を上げる機会を与えつつ当人が望めば、出版社と有償契約を結ぶ余地も残しました。です が、コピーレフトやアンチコピーライトの精神には反しています。非営利ライセンスでは消 費者は生産者になり得ません。これが僕のクリエイティブ・コモンズに対する批判です。3 つの悲劇があると言えます。1つ目は資本主義の枠組みの中では、非主流から抜け出せない 点です。2つ目はコピーレフトです。ソフトと違ってアートでは機能しません。3つ目は思 想的な矛盾で、実は作者を大事にしていない点です。作者は利用されています。“著作権の 一部を保留する”ということは、結局は権利を売ることを意味します。工場に労働力を売る 労働者と変わりません。そういうことです。


――創造の共有(クリエイティブ・コモンズ)にはなりませんね。


全くなっていません。“コモンズ”は自由な共有を意味するはずですが、クリエイティブ・コモンズでは実現しません。クリエイティブ・コモンズから派生した作品で収入を得ることは許されないからです。大部分の作品に非営利の条件が付与されています。


[29:09]ピア・プロダクション・ライセンス


――あなたが考える代替案は何ですか?



完ぺきな代替案は存在しません。我々の文化業界が資本主義経済の中で活動している以上、アーティストもその枠組みの制約を受けます。一方的に経済の仕組みを無視することはできません。ですが、作品を自由に共有するための代替手段が、今後、発達する可能性はあります。“コピーファーレフト”も一案です。僕はクリエイティブ・コモンズのライセンスを“コピー・ジャストライト(ちょうどいい)”と呼んでいます。作者は自作に自分が望む権利を付与できます。Web2.0 の世界に適しているが、著作権であることには変わりません。では

“コピーファーレフト”とは何でしょう。クリエイティブ・コモンズの非営利ライセンスと似ています。その理由はこれまで説明したとおり、現在の業界の中で収入を得るためには、有償ライセンス契約を結ぶ必要があるからです。それが現実です。コピーファーレフトの特徴は、新しい業界の成長を阻害しない点です。前提として非営利条項は付与しますが、非営利団体による商用利用は許可します。例えば、独立した協同組合や非営利団体など、投下資本や賃金労働と無縁の組織なら問題ありません。特定の経営者だけが潤い、労働者が搾取されるような営利目的の組織は対象外です。この方法なら現在の資本主義経済の中でもアーティストが収入を得る道を確保できます。その上で新しい業界が発達するのを阻害することもありません。現在の文化業界を支配する企業に代わる、新しい組織が登場する必要があります。さもなければ現状は変わりません。魔法で変えられるわけではないのです。今の体制が存在した状態で、作品を共有する新しい方法を考えることが必要です。新しい枠組みができて初めて、今の業界構造を変えることができます。コピーファーレフトはこの新しい方向への一歩です。作品の共有を後押ししながら、同時に作者たちが収入を得る手段を確保します。わかりやすい代表例をいくつか紹介します。例えば作家集団の Wu Ming やコリー・ドクトロウ。彼らはクリエイティブ・コモンズのライセンスを利用した成功例だと言えます。 Wu Ming は大手出版社と契約を結んでいますが、クリエイティブ・コモンズの非営利ライセンスが適用され、個人的にダウンロードすることが可能です。大手出版社は店舗で本を発売するために、Wu Ming と有償契約を結んでいます。こうすることで著作者は収入を得ることができます。しかし、他の方法で作品を流通させることはできません。個人がダウンロードする以外では、資本家による発行が唯一の方法となっています。コピーファーレフトのようなピア・プロダクション方式なら、出版社からライセンス料を受け取りつつ、他の販路を探ることも可能です。例えば、独立した協同組合が同じ作品を地域限定で出版し、収入を得ることも可能です。こうした手法が成功すれば、協同組合が大手出版社と同じ機能を果たせるようになります。


[34:00]「Miscommunication Technology」

「Miscommunication Technology」シリーズは、ネットワークや通信のトポロジーに注目し、通信と社会の関係について考えるプロジェクトです。人間同士の関係も浮き彫りにします。このシリーズはしばらく続いているプロジェクトです。始めたのは確か 2006 年です。作品


のほとんどは地味で目立ちませんが、最近は少し知られるようになりました。注目されているプロジェクトを挙げるとすれば、「deadSwap」 「Thimbl」。そして「R15N」。いずれもコミュニケーションに一石を投じるものです。


[35:01]「deadSwap」

deadSwap は、ファイル共有の実験です。ヒントにしたのはファイルシェア分野で登場した回避の技術です。技術が発展した世の中で、人間は社会経済的な制約から逃れられるのかどうか。deadSwap は、極端なパロディを通じて、この問いを考える実験です。プロジェクトは1本のUSBメモリを共有するというものです。共有する方法はUSBメモリを公共の場所に隠し、SMSメッセージで隠し場所を伝えていきます。USBメモリを受け取れば、データをダウンロードできます。中身はウィキとファイルスペースです。使用後はUSBメモリを隠し、SMSに発信すると次のユーザーにその場所が伝えられる。この作業を繰り返すだけです。ダウンロードしたらUSBメモリを隠し、次の人に隠し場所を伝えます。この実験は複数の機能を果たしています。まずネットワークの基本構造を体感できます。参加者はネットワークにおけるノードの役割を果たしています。自分がネットワークの一部となることで、その機能について考えさせられます。一方、セキュリティーやプライバシー面を考えると技術よりも人の意識が重要だと実感できます。プライベートなシステムなのに運用は楽ではありません。USBメモリを紛失せずに、秘密を守るのは難しいです。簡単そうに思えますが大抵は開始から1~2時間でUSBメモリが行方不明になります。秘密諜報員になるのは簡単ではないことを、参加者は実感する ことになります。同時に、社会の政治経済的な枠組みから逃れることは、簡単ではないことを思い知らされます。公共の場所に情報を隠し、共有することの無謀さを体験し、こうした事態を防ぐべきだと思うはずです。


[37:57]「Thimbl」

Thimbl は、オンライン上のプロジェクトです。実体のない作品ですが最近は我々の代表作となりつつあります。「宣言」でも述べていますが、インターネットは発足当時、完全に分散されたプラットフォームでした。それが資本主義や市場型経済のせいで性質が変わりました。今は、Twitter や Facebook など集中型プラットフォームが主流です。しかし、フリーソフトウェア関係者やハッカーの間では、著作権神話と似た思想が存在します。フリーソフトウェアの世界が実現するという考えです。エベン・モグレンは代弁者の1人です。 FreedomBox や Diaspora の登場でいずれ分散型ソフトの時代が来ると発言しています。しかし、2つの誤解があります。まず、集中型メディアが先にあったという誤解です。インターネットは発足当時分散型でした。2つ目の誤解は、集中型から分散型への移行を妨げるのは、技術的な問題だという認識です。Thimbl はこの誤解に挑戦し、技術よりも政治が課題であることを示しています。情報科学はとっくに成熟しています。それよりも問題は、利益が回収できないものには資本投下をしない体制です。利益のためには集中型プラットフォ


ームが必要だからです。そこで、通信プロトコルの Finger を使用し、Twitter に似たプラットフォームを作りました。70 年代からある通信プロトコルを使ったミニブログ・プラットフォームです。分散型のプラットフォームとしてあたかも実在するかのように宣伝しましたが、実在のサービスではありません。その後、誰かが Thimbl のソフトを作成しましたが、元はただの作品です。実際に機能するソフトをプログラマーが作り、今では数バージョンが存在します。伝えたいのは問題は技術ではなく、政治だということです。これはいわば、“経済フィクション”です。科学の世界では、フィクションだった技術が後に実現することは珍しくないです。サイエンス・フィクションです。技術が存在しないためにフィクションだったものが、科学技術の進歩により実現するというパターンです。これを社会経済に当てはめました。Thimbl は技術的に可能で、SFではありません。つまり問題は経済にあることがわかります。Thimbl を実現するためには、現在の経済的な限界を超越する必要があります。ユーザー情報を資金源としないシステムを考えなければいけません。Thimbl は完全な分散型システムでユーザーを管理するのは不可能です。


[41:47]「R15N」

R15Nは deadSwap と Thimbl の要素を併せ持つ。システムの発想としては deadSwap をベースとしています。ただ、スパイ的要素を省くことにしました。実施場所がイスラエルのデジタルアート・センターでスパイのような行動を取るのは、ふさわしくないと思ったのです。テルアビブの貧民街や公共スペースで、若者が怪しい行動を取るのは適当とは思えませんでした。そこで発想を変え、参加者の協力を重視しました。参加者がちゃんと協力しない限り絶対に機能しないようなシステムを考えたのです。それは電話連絡網です。ネットが普及する前には一般的だった連絡方法で、学校や軍隊などで連絡事項を伝達するためによく使用されたシンプルな方法です。連絡網の上流に何人かのノードがいて、そこから連絡先が枝分かれしていきます。情報は上流から下流へと素早く流れます。カナダでは大雪による休校を知らせるのに使いました。休校が決まると学校は数人の保護者に電話し、そこから全家庭に連絡を回します。これが1つ目の要素です。2つ目は携帯電話を使用したことです。携帯電話は当初、自由をもたらすと宣伝されました。ビーチで仕事をするビジネスマンや多忙なビジネスウーマンを描いた広告を覚えているでしょうか。母は娘と一緒に過ごすために海辺のホテルに滞在し、携帯電話で仕事をこなすという設定です。携帯電話は自由を象徴しました。ですが、プロジェクトを実施したテルアビブやヨハネスブルグは、携帯電話の持つ意味が違う土地柄です。電話を受けるのは無料ですが、発信するのは有料です。貧しい地域では珍しくありません。こうした地域では電話は力関係を示すもので、自由の象徴ではなく管理のツールです。貧しい者は自分から電話をかけられず、受けるだけです。親や雇用主が若者を管理するためのツールで、“どこにいる”“何をしてる”などと連絡します。人を管理するための技術です。そこも変えたかった。R15Nでは伝達手段として電話を使い、連絡網形式で伝えます。メッセージを発信したい時は展示室にあるボタンを押す。横にある電話が鳴


るので受話器を取り相手に内容を伝えます。そこからR15N登録者の連絡網が始まり、各自が次の人に電話し、全員に連絡を回すというわけです。しかし、実際は相手がつかまらず、留守電メッセージの応酬になります。ネット回線が途中で切れる場合もあります。混乱状態になり元のメッセージは失われる。人は電話に出損なうとプレッシャーを感じ、それが何度も続くとすごく焦ります。メッセージは伝わらないまま焦りと混乱だけが広がります。すべてはユーザー次第だということがわかります。連絡網を成功させるために必要なのはR15

N用語で言えば“ユーザーの勤勉さ”です。R15Nは技術的には単純ですが、メッセージを伝える機能は十分果たせます。ですが、参加者がネットワークのノード役を果たすため役目を怠れば情報は失われます。ネットワーク上の情報がいかに不安定かがわかるのです。第三者を介して伝達すると情報を削ったり追加するのは簡単です。R15Nに限らず、Twitter や

Facebook でも第三者を介せば、同じリスクが伴います。それがこのプロジェクトの1つのメッセージです。


字幕制作:東京都写真美術館 第9回恵比寿映像祭

interviews
transcripts
譯本
トランスクリプト